サトくんのブログ

リニューアルに当たってなんかカッチョいいブログ名にしようと思ったけど、ぼくのブログとしか言いようがないや。

観劇08

この月えらい芝居観てるな。

なんかまだ頑張ってるらしい。頑張ってほしい。今やってるらしい芝居に行かなかった理由はそのうち書くかも。

  • 2014.03.24 Monday
  • 20:52
 
東洋企画。無差別。

なんだかんだ、アクセス数を見る限り結構な人がブログを見てくれているようだ。

このブログを始めて良かったことがいくつか。まず、誰か見てくれている人がいるのは嬉しい。実は観劇のモチベーションになったりしている。娯楽にモチベーションも変な話だが。
なにより、良いなと思うのは、文章化しようとすることにより、思いを取捨選択して、考えがはっきりし、考察しようともがく。受験勉強中良く言われてた教科書を眺めて「わかった気でいる」から実際に問題集をやって「わかる」へのステップアップみたいな感じだ。

ちょっと困っていることもいくつか。まず、もう少し気を使うべきかもしれない。どんなに面白くなくても、がんばっている人達がいて、ひょっとしたら引退とか、父が危篤とか、のっぴきならねえ状態で芝居をしている人に向かって、つまらん。とバッサリ切り捨てることは残酷だ。劇を作る苦労はわかるつもりだ。
でも、おべんちゃらで褒めることもできない。アンケートとか、その人に向かっては多少サービスはするにしても、(というかそうしないと、狭い演劇コミュニティでやりづらすぎる)ここにまで無理に賞賛するのは、俺のためになるのか?と悩む。
お客さんにしても自分が好きで好きでしょうがない作品を他人から悪口言われるのは悲しい。俺は誰がなんと言おうと麻耶雄嵩は好きなんだよ。
実際ぼくはアンケートは読むことは読むが、好き勝手言われて「嬉しい!」とはならない。参考にはするにしても。
あともう一個はぼくの手の内明かし過ぎかな、と思ったり、取捨選択の捨てられるところとか、考えが限定されてしまうなとも感じる。

と、まあ、くどくど書いたが、何が言いたかったかという

______いまいちだな____。

と見ながら思ったし、見終わってもやっぱり思った。
ちょっと盛り上げ過ぎだ。
特にうち側から。見ないと、損。なことは100パーない。
正直に書くと、本当にヤバかったら、どうしようとビビりながら見に行った。うん、そんなに良くなかった。むちゃくちゃ悪くもないけど。

話については、普通。児童向けの古事記を読みたくなった。わざわざ劇で観る喜びはないかな。野田秀樹っぽい感じがぼくの好みではない。この辺が逆に学生では高評価が原因かも。柿喰う客の人気もその辺かも。女体シェイクスピアがつまらなかったので、無差別行ってない。そろそろ柿喰う客も観にいっていいかも。ああ、野田秀樹今年は、貯金して行こう。

脚本について、あとで考えて気づいたが、基本書かれているセリフが役者間にも、客に向かっても書かれていない。散漫。とは感じない。一体どこに向かってる?

基本観劇するときぼくは、なるべく能動的に劇の世界に入ろうとしながらも、なぜ入り込めるのかを頭のどこかで客観的に探しながら、観る。
もし、入り込めないなら、入り込むことを諦め、入り込めない原因を探る。お客さんで入り込んでいる人を観察したりもする。
よっぽど暇になると、壁の染みとか、かわいい女優の尻をじっと眺めたりする。

で、まあ今回どうも見てて上手く世界に入れない。何度か挑戦したが、脳のどこかが上手く繋がらない。
たいてい、その劇に入り込めない原因が、すぐに見当がつくのだが、今回はよくわからなかった。体調ももちろんあるし、知人がやってるのもあるが、それにしてもなぜだろう。

しばらく、見ててわかった。
囲み舞台のせいで、色々と弊害が起きているようだ。
まず、スピーカーのシュートが雑。あとモニタースピーカーが必要な芝居だったかな?と舞台を見てて思った。
照明がやかましい。標準舞台なら気にならないかもしれないが、単純にきっかけが多いだけでなく、客の周りで灯体チカチカするし、役者が動くだけで明かりがチラつく。
舞台美術も周りが赤いせいで長い間みるには目に毒だった。
複合的に要は喧嘩してた。
横のお客さんはもっと辛かっただろうな。役者も基本フロントで演じてたし。
変形芝居するときはマジで慎重に芝居を作ろうと思った。

もう一つ頭が痛くなった原因として、序盤男女の役者が同時に喋りすぎだ。一言一句同じ調子で言ってくれないと俺の繊細な耳ではつらい。

この辺が、新しい発見かな。
良かったところも一杯あるけど、ちょっとめんどうになったので、省略。
決してつまらなかったわけではないんだが。