サトくんのブログ

リニューアルに当たってなんかカッチョいいブログ名にしようと思ったけど、ぼくのブログとしか言いようがないや。

恋はロミオとジュリエット

昔から、、つまり惚れた腫れた付き合った別れたが顕著になる中学のときからだが、友人の恋人というものが苦手である。
例えば誰かに新しい彼女ができたとする。友人なら祝福するべきだし、ぼくも心からしたい。「おめでとう!」は大袈裟だが「よかったじゃん」ぐらいは俺も言える。
このあとに続く言葉は「見たい!写メある?」。一度くらいはこの台詞を吐いた人は多いのではないだろうか。
そして、相手は照れながら、少し嫌がったりしながら、あるいは少し誇らしげにスマホをカチャカチャ触って何かしらの写真を見せてくれる。

たいていこのあとなんて言えばいいか困る。

プリクラだったりSNOWだったり明らかに加工された顔で、それでも加工仕切れない部分が目立ってより一層生気のないものに仕上がってる。可愛くても、どーせプリクラじゃん、なんて言葉も頭をかすめる。ブスはもうどうしようもない。

、、見せて!と言ってるときどんな顔をしていて欲しいと俺は思っているんだろうか。そりゃあスマホ見て画面に橋本環奈さんクラスの子が出てくれば俺もたまがるだろうが、まあ一般人の「可愛い子」なんてたかが知れる。いや、とびっきり可愛い子だったら、ぼくは性格がひねくれてるので、騙されてるんじゃないの?とかネットで拾ってきた画像なんじゃないの?とか思ってしまうかもしれない。嫉妬だろうか。そうじゃないんだ。

「友人の彼女」(別にぼくにも異性の友人はいるし、その場合は彼氏になるが、ひとまず置いておいて)としてその人物を知ってしまった以上、その人とは、どう転んでもぼく自身が恋人になることはないし、友人になることすらない。前からお互いに知っていて、オレの友達と付き合って別れたあとに、、、ってことは、うん、まあ、無かったとは言わないけど、「友人の彼女の○○ちゃん」と最初に認識した人を口説くほどぼくも外道ではない。「友人の彼女の○○ちゃん」でかつ「ぼくの友達○○ちゃん」というのも成立しにくい。

つまり将来的に仲良くなることなんてない、その画面の子をなんて評価したらいいのかわからない。だいたい人を好きになるのに見た目は重要な要素かもしれないが、全てではない。じゃあなんで写真を見たがるだろうか?

女を節操なく取り替える、モノみたいに扱うヤツだったら楽である。「おお今回は可愛いじゃん」とか下衆な話をしていればいい。
純朴で誠実なヤツだと困る。そういえば、お前彼女いなかったとき、「俺の童貞を捧げるのは香里奈だ!!」とか豪語してなかったっけ?、妥協してないか、という疑問も同時にまた頭をかすめる。色々かすめてんな。オレ。

あと彼女ができたことを嬉しそうに話す様子を見ると、別れたときのこともオレはお節介に想像してしまう。結婚とか法的な拘束があるものではないのだから、付き合ったり別れたりなんて多いにやったほうがいいと思う。だからこそ、幸せな今を見ると不幸せな将来を想像せずにいられない。

このモヤモヤを嫉妬と名付けるのは適切ではない気がする。
別に今カノジョ欲しくないし。最近俺のセックスは幸せを呼んでない。疲れた。

 

なんか厭世的だな。

 

友人の別れた話を聞くのも苦手である。友達じゃなくて知り合い程度だったら結構嬉々として半分くらい創作のネタにならないかなと聞き出すのだが、友達なんだし落ち込んでるのは俺も辛い。
だが、カノジョと別れた…と落ち込む友人を見ると

ーーーだから言ったじゃん。ーーー

なんて思う。いや、正確には言ってなくて、ただ付き合いたての時、別れを俺が勝手に想像したってことなんだけど。

誰かがフられて落ち込んでいたら、その場だけでも相手の女の悪口に乗っかるほうが正解だ、とは思う。だけど、なぜかぼくは女の子のほうに非常に同情的になってしまう。どんなに事情が客観的に見ても女のほうが悪い場合でもだ。これも昔から。

ーーーああ、冷めちゃったんだなーーー

どの友人も友人としてはいいヤツだと思うし、基本的にぼくは気の合ういいヤツとしか無理してつるまないのだが、どいつも欠点なんて探せばいくらでもあるわけで。
とくに友人よりも親密な恋人としては我慢ならないとこはあるだろうし、付き合ってる間は、その悪いところが意図的にしろ盲目的だったにしろ、見てなかったから相手の女の子は付き合ってたんじゃないの、と思うからだ。
なんかオレの内なる女性っぽいとこが、女の子に、こいつはそんなにいいヤツじゃないのよ、気づいちゃったのね、なんて話しかけてる。

 


あ、オチがないな。

 

 

↓彼女とデートなう。

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